昭和ジャズ喫茶伝説
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サックス

ジェリー・マリガン(Gerry Mulligan)
1927年4月6日アメリカニューヨーク生まれ。1996年1月20日没。
ジャズサックス奏者、作曲・編曲家。

バリトン・サックスの名手で、作曲・編曲の才能も併せ持ったプレイヤー
ジェリー・マリガン」は、ウエスト・コースト・ジャズを代表する
ジャズアーティストとして知られている。

10代の頃から曲を手がけ、1940年代後半からプロとしてのキャリアを
歩み始める。
1949年のマイルス・デイビスの作品「クールの誕生」は、クール・ジャズ
を生んだジャズ史に残る重要なアルバムのひとつとして知られているが、
ジェリー・マリガンはこの作品に、奏者および作・編曲者として参加し、
大きな役割を担う。

1952年に、西海岸でチェット・ベイカーらとピアノレス・カルテットを
結成し、大ヒットする。
管楽器2本とベース、ドラムという、コード楽器を置かない斬新な編成は
当時のジャズ界にセンセーションを巻き起こした。
しかし、翌1953年ジェリー・マリガンは麻薬不法所持で逮捕されてしまい、
このグループはわずか1年で解散。
しかし、その後も西海岸中心に様々なプレーヤーと共演を重ね、
ウエスト・コースト・ジャズの代表的なミュージシャンとして活躍した。

1965年には、アルバム「ナイト・ライツ」を発表。
アート・ファーマーやジム・ホールなどが参加しているこのアルバムは
ジェリー・マリガンの代表作となった。

ジェリー・マリガンはバリトン・サックスという難しい楽器をまるで
テナー・サックスのように吹きこなしてしまう高い技術を誇る。
スイング感も抜群。
また、作曲やアレンジの能力も傑出しており、まさに
超一流マルチ・プレイヤーといえる。

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ドラムス

エルヴィン・ジョーンズ(Elvin Jones)
1927年9月9日ミシガン州ポンティアック生まれ。2004年5月18日没。
ジャズドラム奏者。

ピアニストのハンク・ジョーンズ、トランペッターのサド・ジョーンズを
兄に持つスーパー・ドラマー「エルヴィン・ジョーンズ」。

1955年にニューヨークに移り、マイルス・デイビスなどのビッグネームと
共演を重ねる。

1960年にジョン・コルトレーン・カルテットに参加。
マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソンという名手揃いのこのバンドは、
コルトレーンが率いたグループの中で最も斬新、かつクオリティーが高く、
大きな評価と人気を博し、エルビン・ジョーンズが在籍した約5年間に
数々の歴史的名演を残している。

コルトレーンがフリー・ジャズに傾倒していったのを機に
このグループを離れる。
その後は、数々のジャズアーティストと共演を重ね、自身のバンド
エルビン・ジョーンズ・ジャズ・マシーン」を率いて活躍。
いくつかのリーダー・アルバムも発表し、成功を収める。

妻が日本人ということもあり、新宿ピットインなど日本で演奏する
機会も多かった。

エルヴィン・ジョーンズのプレイは、「凄い!」の一言!
うねるようなグルーブを持ち、豪快で激しく速いパッセージは圧巻で、
まさにワン・アンド・オンリーのジャズ・ドラマーだ。
もちろん、繊細なドラミングも一級品で、ジョン・コルトレーン
「バラード」などで聴くことができる。

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トランペット

ファッツ・ナバロ(Fats Navarro)
1923年9月24日フロリダ州キーウェスト生まれ。1950年7月7日没。
ジャズトランペット奏者。

あのクリフォード・ブラウンが大きな影響を受けたという
トランペッター「ファッツ・ナヴァロ」。

幼少の頃より音楽に親しみ、6歳でピアノ、13歳でトランペットを
始める。
10代の頃からバンド活動を行い、周囲に実力を認められるようになる。
その後、ビリー・エクスタイン楽団をはじめ、ライオネル・ハンプトン
コールマン・ホーキンスなどのバンドで活動した。

しかし、ファッツ・ナヴァロは、この時代のジャズミュージシャンに
多かった麻薬渦、さらには結核にも冒され、26歳の若さでこの世を去って
しまった。

そのため、この天才ジャズアーティストが残した録音は多くないが、
「ザ・ファビュラス・ファッツ・ナバロ Vol.1、Vol.2」にて、すばらしい
演奏を聴くことができる。
これは、ファッツ・ナバロの単独リーダー・アルバムというわけではなく
ブルー・ノートに残されたいくつかのセッションからなるものだが、
名盤と呼ぶにふさわしい彼のベストプレイが展開されている。

ファッツ・ナヴァロのプレイスタイルは、当然のことながらビ・バップ。
活動した時代も、チャーリー・パーカーディジー・ガレスピーなどが
絶頂期として活躍した1940年代後半で、ビ・バップ全盛期だ。
メロディックなフレージングと艶やかな音色を纏ったファッツ・ナバロ
プレイには、天賦の才を感じずにはいられない。

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サックス

ベニー・ゴルソン(Benny Golson)
1929年1月25日ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ。
ジャズサックス奏者、作・編曲家。

サックス奏者としてのみならず、名曲クリエイターとしても名高い
ベニー・ゴルソンは、9歳でピアノ、14歳でサックスを手にし、
ハイスクール時代から演奏活動を開始。
1950年代には、タッド・ダメロン、ライオネル・ハンプトン
ディジー・ガレスピーなどのバンドで活躍する。

1950年代には、ステイブルメイツ、ウィスパー・ノット、キラー・ジョー、
そして、親交のあったクリフォード・ブラウンを追悼した曲
アイ・リメンバー・クリフォードなど現在のジャズアーティスト達にも
頻繁に演奏される名曲を書き上げている。

1957年に、リバーサイド・レコードにファースト・リーダー・アルバム
「ニューヨーク・シーン」をレコーディング。

1958年には、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに参加。
サックス奏者に加えて作曲・編曲に大活躍。
短い在籍期間だったが、バンドに強烈なベニー・ゴルソン・カラーを
植えつけた。

1959年に、アート・ファーマーとの双頭コンボ「ジャズテット」を結成。
1962年のジャズテット解散以降は、作・編曲活動が多くなるが、
ジャズテットの再結成など、サックス奏者「ベニー・ゴルソン」は
立ち止まることなく演奏活動も行っている。

作・編曲家としての評価が高いベニー・ゴルソンだが、
サックス奏者としての実力は相当なもの。
私のまわりのサックス奏者からも「ゴルソンはウマい!」という
声をよく聞きます。

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ギター

ジョー・パス(Joe Pass)
1929年1月13日ニュージャージー州生まれ。1994年5月23日没。
ジャズ・ギタリスト。

ジャズ・ギターのヴァーチュオーゾと称される名手「ジョー・パス」。
10代の1947年頃からプロとしてのキャリアをスタートするが、
麻薬に手を染め、長い療養所生活を強いられ、ギタリストとして貴重な
20代のほとんどを棒に振ってしまう。

しかし、立ち直って30歳を過ぎてジャズアーティストとして復帰を果たす。
初リーダー作は療養所の名前から「サウンド・オブ・シナノン」という
タイトルがつけられた。

その後、コンボでの作品を何作か発表後、1973年に無伴奏ソロギター作の
「ヴァーチュオーゾ」を発表。
ベースライン、コード、メロディーを1本のギターで即興で表現する
ジョー・パスの技巧は周囲を驚かせた。

無伴奏ソロは、以降のジョー・パスにとって最も重要な演奏手段となり
多くのソロ・アルバムを残すことになった。

他にも、オスカー・ピーターソンなどとのコンボでの共演や、
エラ・フィッツジェラルドとのすばらしいデュオ作を録音するなど
活躍の場は1つのフォーマットにとどまっていない。

ジョー・パスのプレイは、ビ・バップのツー・ファイブ・フレーズを
鮮やかに弾きこなすオーソドックスなモダン・ジャズ・ギターと言えるが、
フィンガリング、ピッキングが正確で、ハイレベルなテクニックを誇る。
ソロ・ギターでの成功は、その証といえる。
即興なので、アレンジしたソロ・ギターのように、ベースとコードと
メロディーが常に同時に鳴っているわけではないが、それでも
「ホントに一人で弾いてンの?」と思ってしまう完成度だ。

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